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カフェのガニュメデス――トーマス・マンの「マーリオと魔術師」

※「砂男、眠り男──カリガリ博士の真実」コーラ掲載後の関連話題。以下、鈴木のブログより再録

『トニオ・クレーゲル』の新訳が『トーニオ・クレーガー』のタイトルで出ているのを見つけた(平野卿子訳、河出文庫)。併録は未読の「マーリオと魔術師」(1930年)。出版された当時の挿絵が使われ、「マーリオ」の方はなんとハンス・マイトである。これが決め手となって購入(ハンス・マイトは、いとこたちからのお下がりだった岩波少年文庫の忘れがたい一冊『くろんぼのペーター』(エルンスト・ヴィーヘルト作)の挿絵画家。それ以外では全く見たことがなく、今回「訳者あとがき」で生没年をはじめて知った)。

「訳者による「解説」(「あとがき」との二本立て)の結びには、(「マーリオと魔術師」の)「魔術師チポッラのイメージは、どこか映画『カリガリ博士』の主人公カリガリ博士に重なる。時代的にも近く(一九一九年製作)、装束も似ているが、なによりその不気味な雰囲気や怪奇な印象という点で、相通じる要素があるからだと思う」とあるが、類似はその程度のものではなかった(トーマス・マンはもちろん『カリガリ』を見て、そしてあの映画の意味がわかって書いたのだろう)。語り手と家族は、滞在しているイタリアの海辺のリゾート地で“魔術師”チポッラのショーを訪れるが、チポッラは舞台に呼び出した客を催眠術によって自在に操る。このチポッラが、カリガリ同様、国民を催眠術にかけて踊らせたファシストの独裁者をあらわし、この小説は「ファシズムの心理学」を表現したものだと、声高に言い立てられてきた事実がまず符合するのだ。

そうした読解については、実際、訳者も(『カリガリ』との類似はなぜか指摘されていないが)、「チポッラは独裁者、一方の観客をその彼に心ならずも操られていく国民と見ることができよう」と述べており、ルカーチが小説中の場面について「ヒトラーを望まなかったにもかかわらず、十年以上も抵抗することなく服従したドイツ市民階級の無気力を見事に描き出したと述べている」ことを引いて、「奇怪な魔術師を前に、ひそかな反感と嫌悪感を抱きながらも去ろうとしない観客――語り手を含めて――に、当時のヨーロッパ人全体の無気力を見ることもできるだろう」、「大戦後六十五年を経て、世界各地にちらほらと極右政党の台頭のきざしのあるいま、この作品はひとつの貴重な警告として、私たちがあらためて目を向けるべきもの、いや、いつの時代にも立ち帰るべきものだと思う」と、既存の解釈を何の疑いもなく受け入れた、もっともらしい文句を並べている。

実際に「マーリオと魔術師」を読んでみよう。まず、タイトルに注目。これはマーリオと魔術師の話なのだ。前者は語り手ともなじみの二十歳[はたち]のウェイターで、ショーの最後に――これをもって最後にならざるをえなかったのだが――客席から舞台に上げられ、自らの意思に反することをさせられた結果、屈辱のあまりピストルを取り出してチッポラを射殺する。それではこれは、他の観客はチポッラのなすがままだったのに、最後に英雄的な青年が悪いファシストを倒すという寓話なのだろうか?(『カリガリ博士』の場合、病院長(権力者)が実は狂人だったという結末が、告発者の方が狂人だったというどんでん返しによって弱められたと中傷されてきた)

そうではあるまい。「いまになってみると、ことの本質からいって、ああなるよりほかなかったように思える」と語り手も最初から認めるチポッラの死は、マーリオに衆人環視のなかで、彼が思いを寄せる娘だと思い込ませて、自分にキスさせた結果である。「チポッラがしなをつくって歪んだ肩をくねらせている様子は、吐き気を催させるようないやらしさだった。たるんだ目で恋いこがれるようにマーリオを見つめ、甘ったるい微笑を浮かべた唇の間から、欠けた歯がのぞいている」といった具合――。

だが、まだ笑い声が続いている間に、愛撫されていたチポッラは、椅子の脚のそばで例の鞭を振った。するとマーリオは夢から覚めて飛び上がって、後ずさりした。目が据わっている。そして、身体を前にかがめたまま、両手を重ねて汚された唇におしつけた。それから何度も指の節でこめかみをたたいてから、くるりと向きを変えて階段を駆け下りた。その間も拍手は鳴り響いていた。チポッラは膝に手を下き、肩を揺すって笑っている。

確かに、いささか悪ふざけがの度が過ぎたとは言えよう。しかし、チポッラのしたことは、死をもって償わなければならないほどの罪なのか? 実は初めの方で、語り手一家が浜で出くわした不愉快な事件が語られていた。水着を砂だらけにしてしまった八つになる娘に、親たちが海で水着を洗うように言い、娘が「裸になって数メートル離れた海へ走って行き、水着をゆすいで戻ってきた」ことが、公序良俗に反したと“愛国的”なイタリア人たちの憤激を買い、「海水浴場の規定や精神はもとより、わが国の名誉をも恥ずべきやり方で傷つけた」と言われて、語り手一家は罰金を払うことになったのである。

このエピソードが不当だと語り手とともに思った読者も、チッポラの死には、驚き、悲劇的だと感じても、結局は納得してしまうに違いない。何より、作者がそう書いているからだ。マーリオは要するにホモセクシュアル・パニックに襲われたのだろう。同性愛者に誘惑されて驚きと嫌悪のあまり殺してしまったとしても、やむをえない行動であり、一時的な心神喪失に陥ったのだから責任能力はない……ゲイ・バッシング弁護のこうした主張から、イヴ・コゾフスキー・セジウィックが、ゲイ・バッシャーの性的アイデンティティの不確かさという前提を引き出したのは周知の通りだ。マーリオの場合、ヘテロセクシュアルな欲望と信じたものの背後(実は表面)から、不意にホモセクシュアルなものが出現(実は初めから見えていた)したのである。

しかし、このようにはっきり見えているものを、また例によって、誰も指摘しないようだ。カフェで働いていると聞いて、チポッラはマーリオを酌人と――ガニュメデスと呼んでさえいるのだが(それも二度)。マーリオは「二十歳でずんぐりしている。髪は短く刈り込まれており、額が狭く、まぶたが厚ぼったい[…]ひしゃげた鼻にはそばかすが散っており[…]このぼってりした唇は、垂れた眼とあいまって素朴な憂愁とでもいう感じを彼に与えていた」と描写される。映画版のタッジオよりもこういう顔の方に関心を持つ男性がいることは容易に想像されよう。年齢不詳だが若くはない、そしてせむしで醜いチッポラの最期は、『ヴェニスに死す』の美少年にアッシェンバッハが触れるようなことがあったらどうなっていたかを書いているとも言えよう(かなり自虐的だ)。「マーリオと魔術師」を書いた頃はまだ五十代だったマンは、七十を越えた晩年に、実際、若いウェイターに恋していたことが日記の出版で明らかになっている。

「マン自身、この作品について『個人的なものと政治的なもの』が結びついていると言い、『ファシズムに対する批判を公然と表明する』と述べている」と指摘して、訳者は当然のように「ファシズム批判説」の論拠にしているが、自らの作品において「個人的なものと政治的なもの」がどう結びついているか――マンがそれについて何を言おうとしたか、そして何を言えなかったかを、一瞬でも疑わなかったのだろうか?(しかし、公人としてのマンが何を言おうと、作品では一目瞭然だ)。「ただ当時、ドイツではまだナチは現実的な脅威となっておらず、[マンは]ドイツでもイタリアと同じようなことが起こるとは思っていなかった」そうである。なるほど、これはクラカウアーの「『カリガリ』はヒトラーの予兆だった」説のよい反証となる。『カリガリ』は『マーリオ』より十年も前なのだから。魔術師が観客に催眠術をかけたって? いやいや、彼らはみな、以前からホモフォビアという長く続く強力な催眠術にかけられていて、観客も読者も批評家も(ついでに、ファシズム批判の書としてこの小説を即座に発禁にしたムッソリーニ政権も)、マーリオの行為が肯とされていると読みちがえたのだ。

 ごらんの通り、小説の訳文自体には文句のつけようがない。ハンス・マイトの簡潔なタッチは、上記のマーリオの特徴をもよくとらえており、また、水着を脱ぎ捨てて仁王立ちになった女の子の「ガラのように痩せた」裸や、傍で囃し立てる少年たち(『ヴェニスに死す』の映画で見られるような水着姿)を描きとどめて、『くろんぼのペーター』の暗く、北方的で、夢魔的な、憂愁に満ちた絵とはまた異なるけれど、人体の描き方が一目でそれとわかる特徴を示していて懐かしい。

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